能登国持大名「前田利家」をめぐる人々

写真(C)長齢寺


前田利春(まえだとしはる) 長齢夫人(ちょうれいふじん)

 利家の父。

 織田信長の筆頭家老林秀貞の与力で、荒子城主(名古屋市荒子町付近)。

 利家をはじめ6男2女をもうけ、永禄三年(1560年)に没している。

 


前田利春画像
【長齢寺・七尾市】

 利家の母。

 竹野氏の出で、利家をはじめ6男2女をもうけ、天正元年(1573年)に没している。院号「長齢院」。

 山の寺寺院群の長齢寺は、長齢院の院号から付けられた。

 

長齢夫人画像【長齢寺蔵・七尾市】
長齢夫人画像
【長齢寺蔵・七尾市】

まつ (芳春院・ほうしゅういん)

 前田利家の正室で、天文十六年(1547年)尾張国海東郡に生まれる。利家とは従兄弟で、永禄元年(1558年)、十二歳で利家と結婚し、2男9女をもうけている。

 生涯、利家を支え、前田家に尽くした。利家の領国支配を確立した末森城の合戦の際には、「末森の城が落ちたら生きて帰るな。その時には、私も諸将の妻子とこの金沢城に火を放ち自害しよう」と言って、激励した。

 元和三年(1617年)、金沢城で没し、野田山に利家とともに葬られている。享年71歳。

 

まつ像【小丸山公園・七尾市】
まつ子像
【小丸山公園・七尾市】

前田安勝(まえだやすかつ) 前田利政(まえだとしまさ)

 前田利家の兄で、通称「五郎兵衛」という。

 戦地に出向いていた利家に代わって小丸山城代を勤め、利家を支えた。

 文禄三年(1594年)五月に没し、山の寺寺院群の長齢寺に葬られている。

 

前田安勝画像【長齢寺蔵・七尾市】
前田安勝画像
【長齢寺蔵・七尾市】

 利家の次男で、第二代藩主利長の弟。文禄二年(1593年)、豊臣秀吉より能登21万石を賜り、能登国大名となる。慶長二年(1597年)に小丸山城に入ったと伝えられている。関が原の合戦に伴う出兵要請に応じなかったため、所領を没収される。

 その後、京に上り、寛永十年(1633年)五十六歳で没した。子直之は加賀八家筆頭の前田土佐守家の祖である。

前田利政画像【長齢寺蔵・七尾市】
前田利政画像
【長齢寺蔵・七尾市】

前田利家系図[子女と兄弟]

前田利家系図[子女と兄弟]


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