「前田利家」小丸山に築城

写真(C)間蔵俊甫


 

 天正9年(1581年)、能登に封じられた前田利家は、翌天正10年に能登畠山氏が築いた難攻不落の山城「七尾城」から、港に近い独立丘陵の「小丸山」に新たな城を築き、麓には城下町も形成して支配拠点とした。

 新城の名称は諸説あるが、ここでは地名から「小丸山城」とする。

 小丸山城は独立丘陵を本丸、二の丸、三の丸として築城していると見られるが、本格的調査が行われていない現状では、具体像は推論の域にある。

 

小丸山城跡と七尾城下町【七尾市】
小丸山城跡と七尾城下町【七尾市】


昭和30〜40年代の町並み【七尾市】
昭和30〜40年代の町並み【七尾市】

 天明5年(1785年)の小丸山城古図によれば、現在の第一公園が本丸、愛宕山が二の丸、御貸山が三の丸に比定される。

 現地形からは第一公園の南東・南西隅にみられる高まりが櫓台、第一公園と第二公園の谷間が濠の痕跡と考えられる。

 前田利家が小丸山に築城したのは、支配体制を固めるにあたり経済活動を重視したためと言われている。

 城下町も主要道路によって整然とした街区割をした最先端の町づくりをした。

 


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