かぶき者「前田利家」誕生

 前田利家は、尾張国荒子城主(名古屋市荒子町付近)前田利春の四男として生まれた。

 誕生年については、これまで天文7年(1538)としてきたが、近年は羽咋市の気多神社文書から天文6年説が有力視されている。

 天文6年は、豊臣秀吉の誕生年で、同説であれば利家と秀吉は同じ年齢となる。

 前田利家は、幼名を「犬千代」という。以後、かぶき者と言われた利家は、織田信長、豊臣秀吉とともに戦国乱世を駆け抜ける。

 前田利家は、能登ではじめて国持大名となり、能登での経験を踏まえ、加賀百万石の基礎を築いてゆく。

前田利家像【長齢寺蔵・七尾市】
前田利家像
【長齢寺蔵・七尾市】


某消息【気多大社蔵・羽咋市】

まつの某消息【気多大社蔵・羽咋市】
まつの某消息(祈祷依頼文)

 天正18年(1549)の小田原攻めに際し、前田利家、利長父子らの安全を祈ったまつの祈祷依頼文(侍女の代筆文か)で、この某消息に利家は54歳と記されており、関連する状況資料から豊臣秀吉と同じ年齢であった可能性が高まった。


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