青柏祭でか山保存会 > でか山「地山づくり」

「でか山」の組み立てを写真で・・・

画像をクリックすると拡大します。 写真©間蔵俊甫 

クリックで拡大します 「でか山」の組立て部材は、藤つるで作ったロープをかけてねじ締める。釘やかすがい等は一切使わず、弾力性のある藤が使われる。運行中、梃子の使用で「山」は大きく揺れるがその揺れを藤の力が元に戻す。地渡り藤は、七尾近辺の里山で採取していたが無くなり、近年奥能登の山林で採取しどうにかまかなっている。「山」の骨組に使う部材を始め資材の調達が年ごとに難しくなり、「山」つくりの関係者が頭を悩ませている。
 1台の山に使われる藤つるは約700kg。乾燥したものは緊縮力がなく使えないので、組立ての数日前に採取、運び込まれる。


クリックで拡大します 「山」の組立ては、車出しの行事から始まる。四つの車は水平になるよう定位置に据え付けられ、心棒をはめこんで組まれる。
 組立ては、長年の経験を経た地山作りの名人の指揮のもと、若衆から幹部まで総出で行われる。


クリックで拡大します 車の据え付けが終わると地山の組立てに入る。
 傾きやねじれを修正しながら、上へ上へと組み立てられて行く。


クリックで拡大します 満身の力を込め、部材を藤つるで締め付け固定。
 骨組の終わったところで、ねじれを修正しながら藤がらみに入る。数名で渾身の力を込めて行う作業は、山の骨格を仕上げる大切な仕事。手抜きは許されない。


クリックで拡大します 人形の飾り舞台となる中程で、扇形の「開き」は、奥行約4m。
 長丸太を使い藁縄で固く縛って仕上げられる。地上から約12mの高所作業は専ら若衆の作業。
 「山」の形が出来上がって行く。


クリックで拡大します 「山」の左右の先端、右がトンガリと言って船首を模し、左はダシと言って船尾を模してあり、北前船を形つくったと言われている。七尾港はその昔北前船で賑わい町は栄え、多くの船主がいて、わが町の「山」を競って豪華絢爛に飾ったと伝えられている。


クリックで拡大します 部材による組立てが終わった「山」は、約200枚のムシロで覆われる。これを「ムシロ山」と言う。七尾近郊はムシロの一大生産地で、昭和の中頃まで大量のムシロが船積みされ港は賑わった。
 しかし、現在では農作業も機械化され、藁の生産が無くなって現地でのムシロの入手が困難となり、越中から購入伝統を守っている。
 この後試し曳きが行われ、傾きやねじれが直されて「山」の形が出来上がり「地山」作りは終わる。
 この頃になると見学者も増え、ますます現場は活気づいてくる。


クリックで拡大します 「地山」作りが終わって幕が飾られる。「山」作りに携わって来た者がほっとする時間。
 人形作りや藤つるの採取など、業者に依頼する分野について、2月早々「山」関係者とそれぞれの仕事の請負者との間に「受渡し」がなされ、その年の「山」作りがスタ-トする。


クリックで拡大します 「山」の骨組部材は、ねじれやひび割れを防ぐため、水中に浸して置く。水に浸し、乾燥の繰り返しで数ヵ月数年かけて使える部材がようやく出来上がる。資材減で部材の入手が困難になっており、資材の調達から管理まで、「山」作りに備えた関係者の一年は東奔西走の日々に明け暮れる。


クリックで拡大します 「でか山」を飾る垂れ幕は、屋根や電柱にひっかかり破れることが多い。それを繕うのは山町町会のご婦人たちの仕事。「山」つくりの早い段階から山蔵に集まって行う。「山」作りの、陰の大きな力となっている。「本山」が近づくと針をもつ手にも力が入り、祭りの血が騒ぐ。


クリックで拡大します 「でか山」の中に据えられた太鼓を叩くのは子供たちの役割。木遣衆の練習が始まると山蔵に集まって稽古に入る。バチを持つ手にいつしか血豆ができ、辛い日々を重ねて「山」を動かす太鼓が打てるようになる。