猿神退治の話「山王社の人身御供」

 昔、七尾の山王神社へ毎年美しい娘さん一人を人身御供に差出すのがならわしであった。その年も一本の白羽の矢が某家の屋根に立った。娘を差出せとのお告げである。

 その家の主は、何とかして娘を助けることができないものか、と考えあぐねて、ある夜のこと、身の危険もかえりみず、社殿に忍び入って様子をさぐってみた。

 草木も眠る丑三つ(深夜、今の午前2時から2時半)の頃、何やら声が聞こえる。耳をすますと、「娘を喰う祭りの日が近づいたが、越後の『しゅけん』は、よもや自分が能登の地にひそんでいることは知るまい。」と呟いているのであった。

 人身御供を要求しているのは何者なのか、また、その者が恐れている『しゅけん』とは、何なのか、娘の父は知る由もなかったが、兎も角、越後へ赴き、『しゅけん』なるものの助けをかりようと出かけた。

 『しゅけん』の所在を八方尋ね、ようやく会うことができた。それは、全身真白な毛で覆われた狼であった。

 娘の父が事情を話し助けを求めるのに対し『しゅけん』は深くうなずき「ずい分以前に、よその国から3匹の猿神が渡ってきて、人々に害を与えたので、そのうち2匹まで咬殺してやった。あとの1匹は所在をくらましてしまったが、能登の地に隠れておろうとは夢にも知らなかった。それでは、これから行って退治してやろう。」と、娘の父親を伴い、波の上を飛鳥のように翔けて、明くる日の夕方に七尾へ着いた。

 祭りの日、『しゅけん』は娘の身代わりに唐櫃(からびつ)に潜み、夜になってから神前に供えられた。

 その夜は、暴風雨の夜であった。

 雨風の音までかき消すような格闘の音が物凄く、社殿も砕けてしまう程であった。

 翌朝、町の人々は連れ立ってこわごわ社殿へ見に行くと、朱に染まって1匹の大猿が打倒れ、『しゅけん』もまた、冷たい骸となって横たわっていた。

 町の人々は、『しゅけん』を厚く葬り、後難を恐れて、人身御供の形代(かたしろ)に3匹の猿に因み、3台の山車を山王社に奉納することになった。ということだ。

『鹿島郡誌』〈上巻〉による。『七尾のでか山』(松浦五郎著)から抜粋